January 13, 2006

3度目の結婚!?

2006年1月2日



この日、私たちは人生で3度目となる結婚の行事を行った。
2004年3月:日本---区役所で入籍届けを出す。
(このときは同僚、友人だけの小さなパーティーを。)

2005年8月:イタリア---教会婚式を挙げる。 
(イタリアの親族と日本の家族が集まって披露パーティーを行った。)

2006年1月:日本---神社にて結婚報告祭。 
 (日本の親族、友人&イタリアの友人が集い食事会という名目の披露宴になった。)


博多山笠でおなじみの「櫛田神社」が、赤司先生のお願いということで正月三が日の超多忙時期に「結婚報告祭」を執り行ってくださった。
実は正月7〜9日までは神社はどこも「神前式」を受け付けてくれないのだが、今回は本当に赤司先生のお力で開催ができた。
ただし、「結婚式」ではないため「三三九度」などの儀式はなし。
両親、友人と一緒に神前へ座り、神様への報告をおこなった。
途中、「二拝二拍手一拝」をしなくてはいけなかったのだが事前に聞いていなかった(というより、すっかり神社のご流儀を忘れていた)ので、日本語の分からない婿殿には手で合図するしかなかった。
ちょっとヒヤッとはしたが、無事に終了。


父、婿殿それから祖父ともに羽織袴にて、この日は登場。
母、私、祖母は共に着物。また従姉妹も振り袖の晴れ姿。

この写真は簪をさす前。この日は神社:べっ甲、お迎え:真珠、色打ち掛け:お花…と3つ付け替えた。






(いとこ家族と)
今回はお正月の帰省時期でないと親族が集まらないこともあり、毎年恒例の家族大集合が私たちの結婚報告会となった。


この食事会では“いちりゅう”さんの寿用お菓子の詰め合わせと、山口合名会社の「燦寿の息吹」を各お客様へ。実は、この両方とも「ご縁」が巡り会わせてくださった品々。
山口合名会社「燦寿の息吹」はまだ市場未発表の品。このお酒との出会いも非常に衝撃的なのだが、このお酒に情熱を注ぐ若い女性との出会いが非常に嬉しかった。
この女性とお酒のお話についてはSeasons for Reasons: 「蔵を継ぐ女性」と「燦寿の息吹」に詳しく掲載いたしました。

正直な話、「結婚報告をする食事会」だけで話をしていた私だったのだが、あけてビックリ!とはこのことで…当日になっていろいろスゴイことになっていることを知った当人たちだった。母も赤司先生も私たちに「日本の伝統」をきちんと伝えたかったのだ。

着物の後は婿殿はタキシードになり、母と一緒に…
私はイタリアで作り、イタリアの挙式で使ったウェディングドレスを。
ベール、ティアラ、ネックレス、イヤリング、ブーケは先生が用意してくださっていた。
数メートルあるベールにはビックリしたが、長いベールは思った以上にお姫様気分にさせてくれる。
同じドレスでもヘアースタイル、メーク、小物でガラッと変わるものだ。
結婚式で使う役目を果たしたこのドレスは、ミラノの知り合いデザイナーにお願いして別のドレスにデザインを変える予定。

弟も天真爛漫な姉と共に20数年を一緒に過ごしてくれたものだ…とちょっと感慨深い。
兄と弟となった二人…言葉は通じなくても「ハート」があれば『ダイジョウブ』。


アーティストの従姉妹は素敵な手作り「welcomeボード」を用意してくれた。
今回の帰省では彼女の素晴らしいアート活動に触れることができ、非常に感動したし、彼女を誇りに思った。その横にいるのは85才の祖母。いつも側にいてくれた祖母にこの日の姿を見せることができた良かった…。それにしてもいくつになっても美しい祖母である。

花束贈呈…というイベントが待っていたのが、私たちの場合は両親ではなく双方の祖父母へ。
私を非常に可愛がってくれた祖父母。大好きな孫が遠く離れてしまうのがつらい…と寂しそうだった祖母、いつも凛と私の成長を見守ってくれた祖父へ感謝の気持ちを込めて。

おじいちゃん、おばあちゃん、かあちゃま、これからも元気で長生きしてちょうだいね。


「しーゆー」(see you )と言える「ちいちゃん」と一緒に。
最初、白無垢の私を見ても言葉もかけてくれず「きょとん」としていた「ちいちゃん」。きっと「いつものお姉ちゃんと違う!」と驚いたのだろう。
でもドレスに着替えると「ニコニコ」して駆け寄って来た。それからはずっと私の手を引いて歩き廻ってくれたのだ。「ベールを持つ?」と聞いても、「ううん。手つなぐ」と。
今回は新たに「ちゃお」(ciao)を「ちいちゃん」に伝授した。
更に「ちいちゃん」には弟がいるのだが、二人とも「わん つー すりー」と言えるし、お父さんからの帰るコールの時、「しーゆー、だっでぃー、ばいばい」と言うらしい。
こりゃ、将来が楽しみだ。

私の弟と従姉妹。彼女にも弟がいるのだが、彼は四国勤務のため今回は顔を見ることができなかった。母方の「いとこ」とは近所に住んでいたこともありほとんど兄弟姉妹のような感じで育った。

従姉妹の集合写真。

そしてこの笑顔の二人は父方の従姉妹の子供。明るい笑顔は家庭の温かさを物語っている。




そして大切な大切な友人たち。お正月の忙しい時期にもかかわらず足を運んでくださって、本当にありがとう。
こちらは婿殿の大切なイタリアンamici!

今回の結婚報告会、イタリア家族の来日を見越して考えたイベントだったのだが、イタリアpapaの体調が非常に不安定でドクターストップがかかってしまったので来日は果たせず。
実はそのpapaが一番、日本に来たがっていて最後の最後まで「俺は行くんだ〜!」とつぶやいていた。
mammaと次女は飛行機恐怖症…おそらく岩にしがみついても飛行機には乗らないと思うが、せめて次女は夏に日本へ連れてこようと思う。
旅好きの長女は一昨年、私たちの神戸転勤が決まったらすぐに遊びに来たので、日本の家族や友人とはイタリア家族の誰よりも先に会っている。
とは言え、肝心の両親同士はイタリアでしっかり家族の絆を築いてくれたからこれで良いのだ。
今回の報告会ではイタリアの姉とそのパートナーが手作りで作ってくれた「イタリアの結婚式アルバム」を皆の前で両親に手渡した。そう、そのアルバムがイタリアと日本の家族をつなぐ"PONTE"なのだ。

常に自由なスタイルを望む私たちにとって、日本式の披露宴はあまりにかた苦しい…と思っていたので、母には極力「フリースタイルで」とお願いしていた。
事前の打ち合わせもなしのイベントで、友人紹介をして即興でスピーチしてもらったり、前日に用意した日本語スピーチを婿殿に読んでもらったり…実はみんなかなりドキドキものだったのだ。
でもそんなパーティーが上手く進んだもの、支えてくださった赤司先生とお弟子さんたち、そして仕切ってくださったホテル日航のマネージャーさんのおかげ。
皆様には本当に感謝しております。

そして「母」。
一番大変だったのは母。本当にありがとう。




着物、神社の儀式、お食事、お酒、音楽、全てにおいて「日本の伝統と美」をほどこしていただいたこの披露食事会。
日本の文化を継承できる女性でいたいと痛感し、また家族のつながりを改めて感じた1日であった。

「宮内庁式部職楽団」の雅楽はこの日のBGMの1つ。
雅楽(amazon.co.jpへリンク)
おすすめです…。



最後に、結婚報告を行った博多の守護神社として名高い櫛田神社のご紹介。
神社の紋がキュウリの切り口に似ていることから…


「おいさっ!おいさっ!」「山笠があるけん博多たい!」

毎年7月に行われる「博多祇園山笠」の期間中、山をかつぐ男衆はキュウリを食べてはいけない。
神社の境内をほぼ90度の直角にまがり、櫛田神社を出発する山笠は博多の街を威勢良く走り抜ける。
この山笠を見ると「夏だ!」と思うのである。そして、「博多もん」の男意気、「博多ごりょんさん」(山をかつぐ男衆をささえる博多の女性達は気だてがよく、頼りがいのある女性であることをこう呼ぶ)を再認識させられる時でもある。

2 comments:

busuke said...

綺麗の一言ですねぇ。
何だか自分の披露宴を思い出しちゃいました。私たちもドイツと日本で2度やっているので。

遅れましたけど、新ブログ開設おめでとうございます!!!
まだちょこっとしか拝見してませんけど、これからゆっくりと読ませていただきますね。
コメントもバンバン書いてしまうかも。。

とにかく感動しました。

Bambina said...

busukeさん
いらっしゃいませ。そして温かいお言葉ありがとうございます!
busukeさんの披露宴はどんな感じだったんでしょうか。とっても興味津々でございます。

これから日本編は帰国したときくらいしか更新しないかと思いますが、いい情報があったら書き足していきます。